農業福祉

Agriculture × Welfare

岩窪農場の取り組み

山梨県に、農業の担い手不足の解決と障がい者の社会参画を目指し「山梨県農福連携推進センター」が設置されたのは平成30年のことです。

まだまだ課題も多くいのですが、農業に携わる私たちはこの取り組みを未来につながる大きな希望だと考えています。

誰もが生きる喜びを感じながら働く。それがやがて地域の大切な資源になる。「農業」と「福祉」が連携することで、「理想の地域」がうまれる。

そう考えて農福連携に取り組んでいます。

仕事のやりがいと楽しさを教えてくれた農福連携

福祉の立場から

精神障がい者を対象に就労機会の提供、地域での生活定着、個々の知識や能力向上を目標に訓練を行う通所事業所を運営管理している八峰会では、農福連携の言葉が浸透する以前より、農協の育苗センターや北杜市明野町の大根の収穫など、単発の農作業に携わっていました。

「もっと農福連携の仕事を広げたい」と模索していた時に出会ったのが、自身も先天性の遺伝疾患がある息子を持ち、農福連携に可能性を感じていた岩窪農場を運営する大塚広夫さんでした。福祉施設と農場が同じ小淵沢町にあったことから話は進み、繁忙期のみの仕事から始め、1年ほどで年間契約を結ぶ運びとなったそうです。

「施設内作業では無理なく自分のペースで作業を進めていたため、施設外へ出ての作業は、メンバーさんの精神面、体調面含め不安がないわけではありませんでした。しかし、普段の様子を見ていた所長や職員らから、〝あなたなら大丈夫!〟〝若いし、失敗してもいいじゃない〟と心強い後押しもあり、前向きにスタートを切ることができました」と当時の様子をコーディネーター役の田中恵子さんは振り返ります。

事前準備として、結団式をしたり、農福連携用にオリジナルTシャツを作って着用したりとメンバーの気持ちを盛り上げる工夫をすると同時に、時給をもらう以上責任感を持って仕事に臨む姿勢や意識の共有に力を入れたという田中さん。「辛そうな表情を見せるメンバーさんを心配することもありましたが、飽きないように楽しく会話をしながら作業をしたり、〝すごいね〟〝できたね〟などモチベーション向上に繋がる声かけをしたりするなど、施設内作業と変わらずメンバーさんをサポートしました」と話します。

さらに、「農場の担当スタッフさんとの打ち合わせも欠かせません。天候やメンバーの特性に合わせてできる作業内容の線引きや分業をすることで、お互いのできるライン、やってほしいラインのすり合わせにもなっています。作業途中の進捗確認なども密に連絡を取り合います」と農福連携で課題の一つに挙げられる農場とのコミュニケーションの取り方についても教えてくれました。

共に歩む

八峰会と岩窪農場が農福連携を始めて、5年ほどが経ちます。今では、田中さんたち職員の支援がなくとも自ら率先して作業を行い、メンバーさん同士でフォローし合う場面も増えてきたといいます。

「頑張りが認められ、時給も600円に上がり、より意欲的に農作業に取り組む姿が見られます。通常の会社に勤めることが難しいメンバーさんが社会参加できる環境を提供し続けてくださる岩窪農場さんには本当に感謝しています」と嬉しそうに話す田中さん。

福祉施設の要望に柔軟に対応し、農場が働きやすい環境を整えていくことは簡単なことではありません。しかし、果樹や野菜など農業の盛んな山梨において、地域の福祉事業所と農家が協力し合うことで、双方の課題を解決する糸口があるのではないかと感じます。

〈メンバーさんの声〉

●Oさん
朝起きて嫌な気持ちになったり、憂鬱な気持ちになる時もあるが、「今日は農場の日だ」と思うと、気持ちがシャキッとして前向きになれます。大きく変わったのは、朝型生活サイクルに変わったことです。以前は、夜型人間だったけど、体力勝負な農作業をするうちに〝体を休めよう〟〝早く寝よう〟と意識が自然と変わって、今ではすっかり朝型人間になりました!太陽の光を浴びながら働けるのは、気分もいいです。
Iさん
体力も少しずつついてきたと思いますし、最近では職員さんが気付かなかったところを仲間同士でフォローすることもできるようになってきました。苦労することもありますが、自分が関わった野菜の成長を見守るのも楽しみになっています。また、休憩時間に仲間やスタッフさんと過ごす時間もほっこりして好きです。

●Hさん
行く度に作業内容が変わるため、新しい発見があるし、知らないことをたくさん学べて大変さより楽しい気持ちが勝っています。そのおかげで、苦手意識がある作業も意欲的に取り組むことができて、できることも増えていきました。達成感もありますし、施設内では出会えなかった人と関わることができる点も農作業のいいところだと思います。

●Sさん
今までの施設内作業とは違い、熱い時も寒い時もある外で体を使っての作業はハードで最初はどうなることかと思いました。でも、徐々に体も慣れてきて、時間や仕事内容も考慮してもらえたので続けてこれたのだと思います。やりがいも感じられるようになり、賃金面でも満足しています。

田中恵子さん

NPO法人八峰会 サービスセンター八峰 多機能型事業所
精神保健福祉士・職業指導員

労働力ではなく、仲間として共に働く

北杜市小淵沢町に農場を構える「岩窪農場」は、総面積13haの広大な敷地で、約30種類の野菜や米、果物、花を栽培する大きな農場です。農福連携は、2018年頃から始まり、現在は同市にあるNPO法人八峰会と通年の業務委託契約協定を結んでいます。岩窪農場スタッフの皆さんに「農福連携」することで生まれた職場環境の変化や取り組みの中で工夫している点等をお聞きします。

岩窪農場と八峰会

除草や石拾い等、簡単な作業からスタートし、近年では野菜の苗の植えつけ等も担当しながら、「収穫後の解体作業は、私たちより上手かもしれない」とスタッフが太鼓判を押すほどの仕事ぶりを発揮している八峰会のメンバーさん。

今では農場の一員として活躍している彼らですが、今日に至るまでには、いくつかの課題と向き合ってきたといいます。体調がなかなか安定しない日が続いたり、服や体が汚れることが気になって作業を中断する時があったり、当然のことながら障がいの特性もさまざまです。しかし、岩窪農場はそれらの課題を〝できない〟と切り捨てるのではなく、八峰会のリーダーと解決策を考えて乗り越えてきました。

「さまざまな方法を試行錯誤しながら、個々の適正や作業に合わせて工夫しています。もちろん、農場側も収穫までの工程が決まっているため、最終的な完了日程を共有して、全員で達成できるように努めています。目先の結果や利益率を求めたくなってしまいますが、焦らずに双方の落としどころを見つけながら、少しずつ前に進むことが成功に繋がったのだと思います」と作業の調整役を担っている板山浩美さんは振り返ります。

互いが歩み寄り、できた時の喜びや達成感を共に分かち合う農場スタッフたちは、「労働力として見るのではなく、一緒に働く仲間として受け入れることが大切です。こなせるタスクには限りがあるかもしれないが、一生懸命に頑張ってくれています。最近ではできる作業も増えてきて、〝一緒に収穫をしたい〟、 この作業をやってほしい〟など、メンバーさんへの期待感が高まっています」と農福連携によって生まれた新たな可能性を語ってくれました。

農場スタッフからの視点で
覗いてみよう

丁寧な仕事ぶりに感動!

水稲のヒエ取り作業をしてもらうことで、自分が別の作業に時間を費やすことができて、稲刈りまでの作業効率が格段に上がりました。手作業で行う除草作業は重労働ですが、仕事も丁寧で感心しています。

浅川敏洋さん(農場長)
水稲のヒエ取りなど水田での作業をメンバーさんに依頼。

相互にフォローして作業効率UP

以前はスタッフ1~2人で対応していた作業が、5~6人で一斉に取りかかることができて進度が早くなりました。進み具合が日によって異なることもありますが、こちらもフォローに入りながら調整しています。

上原光貴さん(農場スタッフ)
ネギや人参の除草や白菜、レタスのマルチはがし、育苗トレーの洗浄や収穫後の株の撤去など、幅広くメンバーさんと作業を行っている。

作業を分担、簡素化することでわかりやすく

作物に触れる体験もしてほしい想いから、ケールの植え付けと手入れを一緒に行いました。葉かきなどの障がい者には難しい感覚で行う作業も、2人1組になって分担、簡素化することで、できるだけ判断を委ねないような工夫をしました。

濱松久美子さん(農園スタッフ)
ミニトマトやケールなどハウス内での栽培管理を担当。メンバーさんに農業の楽しさも伝えたいそう。

モチベーション向上に繋がる声かけ

「すごいね」「そうそう、合ってるよ」など、安心感やモチベーションアップに繋がる声かけを意識しています。こちらの工夫や声かけ次第で、メンバーさんも意欲的になってくれので、結果効率よく仕事が回っているなと感じています。

板山浩美さん(農場スタッフ)
効率よく作業が進行できるように日程や内容の調整をするなど、農場と福祉施設の橋渡し役をメインで担当。

私たちができること

出会いと気づき

〝福祉が地域へ参加する〟ここ数年、そんな取り組みが盛んになってきました。わたしたちが暮らすここ山梨県でも、「農福連携」に取り組む障がい者施設や農業者は、年々増えています。
福祉との出会いは、障がいを持つ息子との暮らしがきっかけでした。それまで、福祉って何?というような生活を送ってきたわたしに、今の世界を教えてくれたのは、紛れもなく息子であって、すぐ隣にあったにも関わらず、全く気づけなかった扉を開けてくれたような感覚でした。

地域で働く福祉事業者とのつながりも増えてきた頃から、農家であるわたしにも手伝えることはないのだろうか?と考え始め、次第にその想いは強くなっていきました。
早速、同市にあるNPO法人八峰会の理事長に相談を持ちかけてみるとすぐ快諾してくれ、繁忙期のみの仕事依頼からスタートしてみることになりました。
草取りや石拾い、農場の片付け等、動き出すとすぐ、〝任せられる仕事は見つければいくらでもある〟ことに気づきました。

仕事を依頼した経験があるという農業者からは、〝対価に適していないから難しい〟や〝コミュニケーションの取り方が分からない〟といったマイナスの話しも聞きます。確かに、全員が同じように作業することは難しいでしょう。でも、〝ここはいつ来ても綺麗な農場だね〟と褒めてくださるお客さまや〝畑に石がないから作業が楽です〟と喜ぶスタッフの声を聞くと、私にとって取り組まない理由を見つけるほうが難しいと感じました。

情報を共有できる
地域づくり

繁忙期の依頼から始まり、今では通年の業務委託契約を結んでいる岩窪農場とNPO法人八峰会。週に3日、施設スタッフと利用者5人程がチームとなり農場で働いています。初めて行う作業には、スタッフが必ず立ち会い、障がい者施設チームとのコミュニケーションを大切に育んでいます。

八峰会から私の農場まで、車で1分です。中には、車で20分もかかる隣町の農場へ仕事に行く施設もあると聞きます。それは解決すべき課題ではないか?と常日頃から感じているところです。農業者の高齢化や耕作放棄地の問題は、みるみる深刻化していくことでしょう。そんな中、障がい者施設で外での作業を得意とする利用者さんは新たな担い手として力を貸してくれるはずです。それにはまず、地域での情報共有が重要であると感じます。地域で共有できることで、より近くの農業者と障がい者施設のマッチングが可能になると信じています。

近年、農業のイメージは変化してきて、農業に従事したいと志願し山梨県に移住してくる若者も少なくありません。「農業=かっこいい」そう思う人が増えているということなのかもしれません。今こそが、農業と福祉が連携するチャンスではないでしょうか。
農業者と障がい者施設、そして地域、この3点が一つの線で繋がることで、農業者の高齢化に対する新しい働き手の確保の実現や障がい者のやりがい、雇用につながり、やがて、「福祉=かっこいい」という時代がやってくると信じています。

岩窪農場で働いている
障がい者施設の
メンバーさんを訪ねて

働く喜びを知った

三輪田友三郎さん
NPO法人八峰会 サービスセンター八峰すずらん工房所属

以前通っていた施設は、細かな作業が多く、1日のほとんどを室内で過ごしていました。そんな仕事にどうしてもやりがいを見出せず、休みがちに…。そんな時、スタッフの方から同法人の違う施設で農福連携がスタートするので、そちらへ移ってみないかと提案をいただきました。経験があったわけではないけれど、農業高校を卒業したこともあり、多少のことは分かるかなと思い、移動を決意しました。今は週に3日、この農場へ来て働いています。もちろん時には大変な作業もありますが、大自然の中で体を動かすのは気持ちが良いものです。1人では出来ないことも多いけれど、共に働く施設の皆や農場の皆さんがいるので、楽しみながら作業に向き合うことができます。体も健康になり、体重はかなり痩せました。働いてお金をもらうって本当に嬉しいものですね。

夢は、 収穫担当者になること

進藤学さん
NPO法人八峰会 サービスセンター八峰すずらん工房所属

農業の経験ゼロからのスタート。なので、最初は不安や上手くいかないことも多かったのですが、仲間と共に働く日々の中で、“奥深くて面白い世界”と思うようになりました。取った草の運び方や苗の持ち方など、ちょっとした工夫やコツで仕事の効率がグンと上がります。そんなことを考えながら作業するのが好きなんです。農場のスタッフさんも分からないことは丁寧にアドバイスしてくださいます。
私は、10年以上不眠症に悩まされてきました。しかし、ここ最近よく眠れるようになったのです。この農場で農業をして、私の生活のすべてが上手く回るようになりました。まだ、収穫は数えるほどしか経験したことがないのですが、自分が携わった野菜やフルーツが地域のお店に並んでいる様子を見ると胸がワクワクします。いつか私も収穫を担当してみたいという夢を持ちながら毎日仕事に励んでいます。